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広島高等裁判所 昭和45年(ネ)413号 判決

控訴人・原告 長行事信男

訴訟代理人 藤堂真二

被控訴人・被告 大久保君親

法定代理人 大久保美代子

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対して、金三三三万三、三四〇円とこれに対する昭和四三年七月一二日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

控訴代理人は、主文第一、二、三項同旨の判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張と証拠関係は、次の一、二のとおり附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴代理人は、次のように述べた。

(一)  原審は、前訴(広島地方裁判所昭和四三年(ワ)第八六一号事件)判決の既判力を理由に本訴請求を棄却したが、控訴人は、前訴において、亡大久保武信の負担していた債務を控訴人において代位弁済し、金五〇〇万円の求償権を有していたところ、大久保美代子、被控訴人および控訴人が相続分各三分の一の割合により武信の遺産の共同相続をしたから、大久保美代子と被控訴人に対して、各自、右求償金五〇〇万円の三分の一に相当する金一六六万六、六六〇円の支払義務があると主張し、右金額の支払を請求した結果、被控訴人に対し控訴人勝訴の確定判決を得たのであつて、原審も認定しているとおり、被控訴人が武信から包括遺贈を受け、右求償金債務の全額を承継したものである以上、前訴判決は、控訴人の権利の一部を認容したものに過ぎず、控訴人の本訴請求は、前訴判決の既判力に牴触するものではない。

(二)  控訴人は、前訴において、右包括遺贈に関する被控訴人等の主張事実を否認していたものである。

二、被控訴代理人は、次のように述べた。

(一)  控訴人は、前訴において、すでに、右包括遺贈の事実を知つていたのである。

(二)  若し、控訴人主張の本件求償債務が残存していたならば、前訴の勝訴判決のあつた時点において、これを主張して右判決に対し控訴すべきであつた。しかるに、控訴人が、右判決確定後八カ月を経て本訴を提起したのは不当である。

(三)  控訴人主張の亡大久保武信の借受金の大半は控訴人母子がその営業資金として使用したものであるから、被控訴人において控訴人の代位弁済金全額を支払うべき義務はない。

(四)  本訴は、控訴人が被控訴人を苦しめることを目的としたものであつて、許されない。

理由

成立に争いのない甲第一号証の一、二、三、甲第四、第六、第八、第九、第一〇号証、弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第二、第三号証によれば、大久保武信が、昭和三五年一月九日から昭和三八年五月三〇日まで、前後八回にわたり、合計金二八〇万円を、原判決添付別表記載のとおり藤田定三から借り受け、控訴人が、右債務の担保として、その所有不動産上に抵当権を設定したこと、そして、大久保武信の死亡後昭和四三年七月一一日、控訴人において、右債務元本金二八〇万円とこれに対する利息および損害金合計金二二〇万円、総計金五〇〇万円を藤田定三に弁済したこと、並びに大久保武信の相続人がその妻大久保美代子、その子被控訴人、武信の嫡出でない子である控訴人及び木本亮子の四名であることが認められる。なお、被控訴人は、武信の藤田定三よりの前記借受金の大半は控訴人母子が使用したものである旨主張するけれども、右主張事実を認め得る証拠は存在しない。

ところで、大久保武信が、昭和四一年一一月一二日附遺言公正証書をもつて、同人の総財産を共同相続人の一人である被控訴人に遺贈し、昭和四一年一二月一七日武信が死亡したことは、当事者間に争いがない。

右の事実によれば、被控訴人は、包括遺贈により、武信の前記借受金債務を承継したものであり、右債務の代位弁済をなした控訴人に対しては、その全額について求償義務があるといわなければならない。

前記甲第六号証、成立に争いのない乙第一、第二号証並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は前訴(広島地方裁判所昭和四三年(ワ)第八六一号求償金請求事件)において、亡大久保武信の共同相続人は前記四名であり、被控訴人及び武信の妻大久保美代子の相続分は各三分の一であるから、武信の債務のうち各三分の一を右両名において承継したと主張し、控訴人において代位弁済した前記武信の債務五〇〇万円の三分の一に当る各金一六六万六、六六〇円の支払を右両名に対し請求したこと、前訴の被告大久保美代子は大久保武信において被控訴人に対し包括遺贈をなした旨主張し、裁判所は右包括遺贈の事実を認めて被控訴人は控訴人に対し前示求償債務全額につき支払義務があるとなし、控訴人の大久保美代子に対する請求を棄却し、被控訴人に対する請求を認容したものであること、前訴において控訴人は右包括遺贈の事実を否認し、前記共同相続人四名が武信の遺産を相続した旨主張していたことを認めることができる。

右認定事実によれば、前訴において、控訴人は前記代位弁済金五〇〇万円の三分の一に当る金一六六万六、六六〇円につき被控訴人が共同相続人の一人として支払義務があるものと主張し、被控訴人に対しその支払を請求し、右請求が認容せられたものであるから、前訴において、控訴人は右請求が一部請求であることを明示して訴求していたものであるといえる。そして、一個の債権の一部について判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばない(最高裁判所昭和三七年八月一〇日第二小法廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)から、前訴判決において訴訟物となつていなかつた前記代位弁済金の残部につき、被控訴人に対する包括遺贈を理由としてその支払を求める本訴請求は、前訴判決の既判力に牴触するものではない。

また、本訴が被控訴人を苦しめることを目的として提起されたものであるとの被控訴人の主張事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

そうしてみると、控訴人が、被控訴人に対して、右求償金残額三三三万三、三四〇円とこれに対する控訴人の代位弁済の日の後である昭和四三年七月一二日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、正当として認容すべきものである。これと異なる趣旨の原判決は相当でないから本件控訴は理由がある。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本冬樹 裁判官 浜田治 裁判官 村岡二郎)

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